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*第二章 魔王の魔力を回復に奮闘する生贄嫁 第一話*1

مؤلف: 伊藤あまね
last update تاريخ النشر: 2026-07-05 18:00:51

 ヴェルクレイン国の情勢を立て直すには、まず影響を与えてくる魔王の魔力を回復させなくてはならないのではないか。一先ずそこまでの仮説を導き出したエリオットであるが、何から手を付けて良いのかわからないのが現状だ。

(何より、魔王様の魔力がどうやれば回復するのか、その方法がわからない)

 そもそもまず、魔王のことを何一つ知らないのだ。魔力がヴェルクレイン国と繋がっているらしいことだけは知ってはいるものの、それが弱まった場合に生贄嫁がどうすればいいのかがわからない。

「おそらく、昨日やろうとしていた儀式……睦み合うことでいままでは回復されてたんだろうけれど、いまはそれもできないみたいだし……」

 頑強そうに見えたが、いまの魔王は相当に弱っているということが考えられる。通例の生贄や生贄嫁による儀式では間に合わないほどに、いまの魔王は弱い――最弱の状態なのだろう。そこまで弱った魔王を回復させるすべなど、果たしてあるのだろうか。

なによりひとまずは、魔王様のことを知らないと始まらないのではないか。そう思い至ったエリオットは、早速ゼフに尋ねることにした。

「魔王様がお好きなものですか? そうですねぇ……魔王様は血の滴るようなレアの赤肉が大変お好きですよ。あと、赤ワインも」

 そう言いながらゼフが厨房で見せてくれたのは見事な牛の赤肉の塊。確かにそれは押せば血がにじむほど立派な赤肉だ。ワインもまた上等な赤ワインのようで、魔王はそれらを毎晩食しているという。

 人間であれば、胃腸が弱っている時にこのような料理を食したら余計に具合が悪くなるはずだ。あくまで推測の域を出ない話だが、それに類する考えとして魔王もまた同じ状態であることが言えるのではないだろうか。ならば消化にいいものを食べさせれば良いのでは。そう、エリオットは考えたのだ。

「ねえゼフ。今夜は私が魔王様のお食事を作りたいんだけれど、いいかな」

「エリオットさまがですか?」

 大丈夫なのかと言いたげな目をゼフに向けられたが、エリオットには自信が少しばかりあった。屋敷にいる際、何かの役に立てればと料理をかじったことが少々あり、だいたいのものであれば作ることができる。ただその料理を食べてもらえたことはほとんどないのだが。

 赤肉に赤ワイン、出来たらそこに野菜を少し足して……エリオットはやわらかく煮込んだビーフシチューを作ろうかと思い立ったのだ。

「まあ、そうまで仰るなら……」

 渋々ではあるが、ゼフも同意してくれたのでさっそくエリオットはシチュー作りに取り組み始める。慣れた手つきで野菜の皮をむき、炒め、ルーを作っていく手際の良さはゼフも驚きを隠せない様子だった。

 約半日かけてビーフシチューが出来上がった時には、とっぷりと日が暮れており、ちょうど夕食時に間に合わせることができた。

「うん、よくできてる」

 味見をしたシチューはいままでの中でもかなり出来がいい方だと思う。きっと魔王も味わってくれるだろう。煮込んでいる合間に用意した白いパンを添え、食堂へと運んでいく。

 これで少しは魔王の役に立ち、魔力を回復させるきっかけになるだろうか。そんな淡い期待を抱きながら、エリオットは魔王が食堂に来るのを待ち焦がれていた。

「何の真似だ、これは」

 テーブルに着くなり、魔王は不快そうに眉をひそめて呟く。目の前にはエリオットが作ったパンとシチューが並べられているが、視線はそれに冷たく向けられている。

 儀式を失敗した昨夜から今まで、魔王とまともに顔を合わせるのはこれが初めてだ。昨日のことの顛末を忌々しく思っているのか、魔王の機嫌は見るからに悪い。

 しかしそれをとりなすようにゼフが間に入り、給仕をしている。

「こちらは今日一日かけてエリオットさまがお作りになったシチューでございます。パンも、エリオットさまが焼かれたんですよ」

「……ほう」

 ゼフの説明に魔王は一応の感心は見せたものの、そうして向けられる視線は相変わらず、いや、昨日会ったばかりの時よりも凍るように冷たい。エリオットはどうにかぎこちなく微笑み返しはしたが、内心は冷や汗でいっぱいだった。どうみても自分が作った料理も、魔王が歓迎していないのを察せられるからだ。

 それでも、エリオットはグッと手を握りしめて意を決し、よりにこやかに微笑みを返す。

「魔王様の魔力が少しでも回復されるお手伝いが出来ればと思い、僭越せんえつながら作らせて頂きました。お肉も野菜も口の中でとろけるように柔らかくなっておりまして――」

「まことに、僭越な振舞いだな、人間。お前ごときが俺の魔力を回復させる手伝いをするだと? こんなもので?」

エリオットがシチューを作った理由と工程を話しているのを遮るように魔王が言葉を発し、顔をしかめにらみ付けてくる。その気迫に、エリオットは胃の辺りがきゅっと締め付けられるように痛んだ。

「えっと、あの、それは……魔王様がお好きだと窺ったので……その……より体に良さそうな料理にしてみたのですが……」

「いらぬ世話だ。人間ごときが、俺の何をわかると言うのだ。差し出がましい!」

 魔王の厳しい苦言に震えながら、それでも懸命に声を振り絞って答えるエリオットに、魔王は冷たく言い放ち席を立つ。食堂の窓ガラスまでびりびりと震えるほどの威圧的な声に、言い返すことさえままならなかった。

 コツコツと足音を立てて去っていく姿を追うこともできず、エリオットはその場に崩れるようにへたり込む。

 母親殺しと屋敷で罵られ、冷たくされることも少なくはなかったが、こうも手酷いことを言われた覚えはなかった。すっかり冷えてしまったシチューを前にエリオットは呆然と立ちつくしていたが、やがてのろのろと皿を手に下げ始める。

「エリオットさま、片付けはおいらがしますので」

「……ううん、いいんだ。私が、魔王様を怒らせてしまったんだから」

 エリオットがどうにか強張りながらも笑みを浮かべて返すと、ゼフは何とも言えない、憐れむような目でエリオットを見つめる。慰められているというよりも惨めな気持ちになる眼差しを感じながらも、エリオットは片付ける手を止めなかった。

 初手からうまくいくとは思ってはいなかった。だが、ここまで頑なに人間のすることを拒まれるとは思わなかったのも事実だ。

「いや、まだ最初の一回だもの……まだ、ほかに手はあるはず……」

 そうであってほしい、そうであってくれ。そう祈るような思いを胸に抱きながら、エリオットは今更に蘇る恐怖心と悲しみに視界を揺らしつつ、瞬きをして手を動かし続けた。手を動かしていれば、その内悲しみは紛れてしまうはずだから。それは、エリオットが屋敷で身に着けた気紛れの方法の一つでもあった。

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