FAZER LOGINヴェルクレイン国の情勢を立て直すには、まず影響を与えてくる魔王の魔力を回復させなくてはならないのではないか。一先ずそこまでの仮説を導き出したエリオットであるが、何から手を付けて良いのかわからないのが現状だ。
(何より、魔王様の魔力がどうやれば回復するのか、その方法がわからない)
そもそもまず、魔王のことを何一つ知らないのだ。魔力がヴェルクレイン国と繋がっているらしいことだけは知ってはいるものの、それが弱まった場合に生贄嫁がどうすればいいのかがわからない。
「おそらく、昨日やろうとしていた儀式……睦み合うことでいままでは回復されてたんだろうけれど、いまはそれもできないみたいだし……」
頑強そうに見えたが、いまの魔王は相当に弱っているということが考えられる。通例の生贄や生贄嫁による儀式では間に合わないほどに、いまの魔王は弱い――最弱の状態なのだろう。そこまで弱った魔王を回復させるすべなど、果たしてあるのだろうか。
なによりひとまずは、魔王様のことを知らないと始まらないのではないか。そう思い至ったエリオットは、早速ゼフに尋ねることにした。
「魔王様がお好きなものですか? そうですねぇ……魔王様は血の滴るようなレアの赤肉が大変お好きですよ。あと、赤ワインも」
そう言いながらゼフが厨房で見せてくれたのは見事な牛の赤肉の塊。確かにそれは押せば血がにじむほど立派な赤肉だ。ワインもまた上等な赤ワインのようで、魔王はそれらを毎晩食しているという。
人間であれば、胃腸が弱っている時にこのような料理を食したら余計に具合が悪くなるはずだ。あくまで推測の域を出ない話だが、それに類する考えとして魔王もまた同じ状態であることが言えるのではないだろうか。ならば消化にいいものを食べさせれば良いのでは。そう、エリオットは考えたのだ。
「ねえゼフ。今夜は私が魔王様のお食事を作りたいんだけれど、いいかな」
「エリオットさまがですか?」
大丈夫なのかと言いたげな目をゼフに向けられたが、エリオットには自信が少しばかりあった。屋敷にいる際、何かの役に立てればと料理をかじったことが少々あり、だいたいのものであれば作ることができる。ただその料理を食べてもらえたことはほとんどないのだが。
赤肉に赤ワイン、出来たらそこに野菜を少し足して……エリオットはやわらかく煮込んだビーフシチューを作ろうかと思い立ったのだ。
「まあ、そうまで仰るなら……」
渋々ではあるが、ゼフも同意してくれたのでさっそくエリオットはシチュー作りに取り組み始める。慣れた手つきで野菜の皮をむき、炒め、ルーを作っていく手際の良さはゼフも驚きを隠せない様子だった。
約半日かけてビーフシチューが出来上がった時には、とっぷりと日が暮れており、ちょうど夕食時に間に合わせることができた。
「うん、よくできてる」
味見をしたシチューはいままでの中でもかなり出来がいい方だと思う。きっと魔王も味わってくれるだろう。煮込んでいる合間に用意した白いパンを添え、食堂へと運んでいく。
これで少しは魔王の役に立ち、魔力を回復させるきっかけになるだろうか。そんな淡い期待を抱きながら、エリオットは魔王が食堂に来るのを待ち焦がれていた。
「何の真似だ、これは」
テーブルに着くなり、魔王は不快そうに眉をひそめて呟く。目の前にはエリオットが作ったパンとシチューが並べられているが、視線はそれに冷たく向けられている。
儀式を失敗した昨夜から今まで、魔王とまともに顔を合わせるのはこれが初めてだ。昨日のことの顛末を忌々しく思っているのか、魔王の機嫌は見るからに悪い。
しかしそれをとりなすようにゼフが間に入り、給仕をしている。
「こちらは今日一日かけてエリオットさまがお作りになったシチューでございます。パンも、エリオットさまが焼かれたんですよ」
「……ほう」
ゼフの説明に魔王は一応の感心は見せたものの、そうして向けられる視線は相変わらず、いや、昨日会ったばかりの時よりも凍るように冷たい。エリオットはどうにかぎこちなく微笑み返しはしたが、内心は冷や汗でいっぱいだった。どうみても自分が作った料理も、魔王が歓迎していないのを察せられるからだ。
それでも、エリオットはグッと手を握りしめて意を決し、よりにこやかに微笑みを返す。
「魔王様の魔力が少しでも回復されるお手伝いが出来ればと思い、
「まことに、僭越な振舞いだな、人間。お前ごときが俺の魔力を回復させる手伝いをするだと? こんなもので?」
エリオットがシチューを作った理由と工程を話しているのを遮るように魔王が言葉を発し、顔をしかめにらみ付けてくる。その気迫に、エリオットは胃の辺りがきゅっと締め付けられるように痛んだ。
「えっと、あの、それは……魔王様がお好きだと窺ったので……その……より体に良さそうな料理にしてみたのですが……」
「いらぬ世話だ。人間ごときが、俺の何をわかると言うのだ。差し出がましい!」
魔王の厳しい苦言に震えながら、それでも懸命に声を振り絞って答えるエリオットに、魔王は冷たく言い放ち席を立つ。食堂の窓ガラスまでびりびりと震えるほどの威圧的な声に、言い返すことさえままならなかった。
コツコツと足音を立てて去っていく姿を追うこともできず、エリオットはその場に崩れるようにへたり込む。
母親殺しと屋敷で罵られ、冷たくされることも少なくはなかったが、こうも手酷いことを言われた覚えはなかった。すっかり冷えてしまったシチューを前にエリオットは呆然と立ちつくしていたが、やがてのろのろと皿を手に下げ始める。
「エリオットさま、片付けはおいらがしますので」
「……ううん、いいんだ。私が、魔王様を怒らせてしまったんだから」
エリオットがどうにか強張りながらも笑みを浮かべて返すと、ゼフは何とも言えない、憐れむような目でエリオットを見つめる。慰められているというよりも惨めな気持ちになる眼差しを感じながらも、エリオットは片付ける手を止めなかった。
初手からうまくいくとは思ってはいなかった。だが、ここまで頑なに人間のすることを拒まれるとは思わなかったのも事実だ。
「いや、まだ最初の一回だもの……まだ、ほかに手はあるはず……」
そうであってほしい、そうであってくれ。そう祈るような思いを胸に抱きながら、エリオットは今更に蘇る恐怖心と悲しみに視界を揺らしつつ、瞬きをして手を動かし続けた。手を動かしていれば、その内悲しみは紛れてしまうはずだから。それは、エリオットが屋敷で身に着けた気紛れの方法の一つでもあった。
ようやく機嫌が良くなった所で、散歩をさせるついでにゼフがネヴィを連れ出してくれることになった。つかの間の二人きりの時間となり、途端に恥ずかしさが増してしまうのは何故なのか。 部屋の応接セットのところにはゼフが用意してくれたお茶やお茶菓子があり、二人はソファーに並んで座ってそれを味わっている。「ネヴィといると一日があっという間なんです。朝起きてから日暮れ寝てしまうまで、ずっとあの子に合わせて動いていると本当に一日が早いんですよ」 そう微笑みながらお茶を飲むエリオットは、出産前と変わらず愛らしい姿をしている。少し伸びた栗色の髪も、緑の大きな瞳も、アズラディーンには愛しさの象徴だ。 だから余計に会えなかった日々の切なさが胸に募り、反論してしまう。「俺にとっては、一日千秋よりも長い日々だったぞ。お前のいない日々は空虚でただただ長く……寂しかった」 小さくなっていく語尾に合わせるようにアズラディーンがうつむいていくと、その頭をエリオットがそっと抱き留めてくれる。久方ぶりに触れ合う彼はほんのりと甘い匂いがし、それが一層愛しさを煽っていく。「私も、寂しかったです……ずっと、こうしてアズラディーン様に触れたかった」「エリオット……」 名を呼び見つめ合うとそこには互いの唇があり、自然と惹かれ合っていく。数カ月ぶりに触れる唇は変わらずに熱く甘く、味わうごとに深く絡まっていく。「ッふ、ン……っは、っふぅ……アズ、ラディ……あ、ンぅ」 ソファーに組み敷くように横たえるエリオットの体に影を成しながら、そっとその首元に鼻先を押し付ける。やはり、エリオットからは甘い匂いがする。比喩でも気のせいでもなく、とろけるような懐かしいような匂いだ。これをできることなら、独り占めして味わってしまいたい。そんな欲望がむくむくと湧き上がってくる。「エリオット……その…
ゼフの計らいで実に四カ月ぶりにエリオットに会えることになったアズラディーンは、手持ちの中でも特にエリオットが好んでくれる服を選んだ。もちろん手土産も忘れていない。産後の体調を考えて新鮮な果物にしてみた。「アズラディーン様!」 エリオットの部屋は夫夫となる前に過ごしていた塔の中の部屋で、当時よりもより赤ん坊が過ごしやすい環境に整えてある。いずれここは成長したネヴィの個室にする予定だからだ。「ああ、エリオット。元気そうだな。なによりだ」 四カ月ぶりの対面で、エリオットも嬉しそうに駆け寄ってくれたと言うのに、アズラディーンはすました顔をしてしまう。寂しがってなどいないぞ、とアピールするかのような態度に、ネヴィを預かりに一緒に訪ねてきたゼフが呆れた顔をしている。「アズラディーン様が毎日お花を届けて下さっていたので寂しくありませんでした」 直接の対面ができない間、アズラディーンは毎日のように部屋の前に花束を届けていたのだ。特に置手紙などはつけていなかったはずなのに、エリオットにはわかっていたらしく嬉しそうに微笑んでいる。その笑顔に、アズラディーンの頬も緩んでいく。「そうか、それはなによりだ」「ネヴィもお父様のお花を見せるとすごくご機嫌になるんですよ」 ねー、と揺り籠の中にいる我が子に語り掛けるエリオットの姿に、アズラディーンの表情はこの上なくとろけていく。魔王の矜持はどこへやら……と、ゼフは苦笑気味に見守っているが、アズラディーンに構う様子はない。「ネヴィ、父が来たぞ。どれ、抱っこをしてやろう」 そう、アズラディーンが揺り籠の中を覗き込んだのだが、それまでニコニコとエリオットの顔を見つめていたネヴィの顔がたちまち泣き崩れていく。まるで化け物にでも遭遇したかのような泣き叫び様に、アズラディーンは慌てて顔をひっこ
「……もうよい、下げろ」 不機嫌さを隠さない声色で命じられた使い魔のゼフは、やれやれと言いたげにため息をついて皿を下げていく。主人である魔王アズラディーンに対して不遜に思われる態度かもしれないが、詳細を知れば使い魔にため息をつかれるのも無理はないと言える。「ゼフ、今日は何日だ」「ええっと、十九日でございますよ」 それが何か? と首を傾げるゼフに、アズラディーンは何でもないというように手を払う。 そうして残されたのは赤ワインの入ったグラスと呑みかけのボトル、それからいつもと変わりない赤身肉のステーキだ。 しかしアズラディーンは、好物であるはずのそれにほとんど手を付けていない。ナイフとフォークでひと口大に切り分けはするものの、ただもてあそぶようにそうするばかりだ。 先程ゼフに下げさせたのは、ゼフが作ってくれたミルクのシチューだ。野菜とたっぷりの月光草が入った料理で、これもアズラディーンの好物であるはずなのだが――美味しいと感じられなかった。「……ああ、ようやく四ヶ月になるのか」 一人きりになった食堂でそう呟き、テーブルを挟んで向かいの席を見やる。そこには誰もいない。いや、本来はいるはずなのだが……いまは席を同じうに出来ないでいると言うべきだろう。 アズラディーンの向かいに座るのは彼の伴侶であるエリオットなのだが、エリオットはいま四カ月前に生まれたばかりの我が子ネヴィに掛かりきりになっている。それは仕方がないことだ。 エリオットは元が人間の男性であったため、子どもを産むこと自体が異例である。そのため心身の回復に時間がかかっているため、魔力が強いアズラディーンの魔力にあてられすぎないためにも別室で過ごすことになっている。 それは致し方ない。愛しいエリオットに万一でも何かあってはならないのだから、背に腹は代えられぬ。 エリオットの手伝いも請け負ってくれているゼフによれば、産後の心身の回復には少なくとも三カ月は要するという話だ。
山々に囲まれた大陸の小国ヴェルクレイン国は、古来より魔王と関わりがある国として有名だ。その理由は、魔王の魔力と国の情勢が関係しているからだというが、最も信憑性が高い噂はとある生贄嫁の話だ。 とある時代、魔王の魔力が尽きかけ、ヴェルクレイン国の危機に陥ったことがあった。それは魔王に次ぐ上級魔物モルという者と、ハイランド伯爵家の結託による企みで引き起こされた人災であったのだ。 困窮した王はハイランド家で母親殺しと呼ばれていた令息を生贄嫁として差し出し、ヴェルクレイン国を救ったとされている。その仔細はその生贄嫁が魔王に愛を教え、真の意味で魔力を回復させたことによるとされているが、定かではない。 そうして魔物のモルは北の氷山に永久に封じられ、それと結託していたハイランド家は爵位はく奪の上追放となったという。「アズラディーンさま、バラの花が見事に咲きましたよ」「おお、随分と美しいな」 エリオットが大輪のバラを束にして抱えて入った先は魔王の書斎。ロイドメガネをかけて書物に目を通していた魔王にバラを見せると、エリオットはそれをひょいと放り投げてしまう。するとそれらは意思を持ったかのように動き出し、あっという間に書斎の机の大きな花瓶に活けられていく。 美しく飾られたバラに、魔王が感心したように目を丸くして微笑む。「だいぶ魔術も上手く操れるようになったようだな、エリオット」「はい。毎日ゼフに鍛えられておりますので」 そう苦笑するエリオットは照れたように頭に手をやり、そこに生える象牙色の羊に似た角に触れる。角の先端には耳飾りのような鈴が付いており、それは魔王の角の先端にも揺れている。 ささやかな二つの音が重なり、二人の距離がそっと縮まろうとしていた、その時だった。「|母様《かあさま》! |父様《とうさま》! ネヴィもお花をつんでまいりました!」 勢いよく書斎の扉が開き、小さな人影が
「ああ、愛らしいぞ、エリオット……」「アズラディーンさま……申し訳ありません……お手を汚してしまい……」「これのことか? 構わぬ。お前から溢れ出るものは一滴残らず俺のものなのだからな」 そう片頬をあげて笑ったかと思うと、魔王は白く汚れた右手に舌を這わせ、指先を咥えこむ。エリオットが吐き出した精液を味わい始め、しかも音まで立てるのだから、エリオットはまた羞恥心を煽られて悲鳴を上げる。「あ、アズラディーンさま! いけません! そんな、汚いです!」「汚いものか。これは愛しいお前が俺を感じてあふれさせた愛の証しだ。味わわずしてなんとするか」 そう恍惚とした表情でエリオットの精液を味わう魔王の姿を見つめていると、エリオットもまた欲情を煽り立てられていくのを感じた。まるで小さな種火だったそれが風を受けて勢いをつけ炎となるように。「エリオット? どうした?」 それまで寝台の上に組み敷かれていたエリオットが、ゆらりと身を起こし、魔王の許ににじり寄って来る。そうしてむき出しで露わになっている魔王のそそり立つ雄芯を前にして、ごくりと喉を鳴らした。 エリオットのものよりも何倍も長く太く大きなそれは、美しい造形をしている魔王の顔立ちからは想像もつかぬほど雄々しい姿をしている。 脈打ちつつ鈴口から先走りの蜜をあふれさせているそれを手に取り、エリオットは呟く。「……私も、アズラディーンさまを気持ちよくして差し上げたい……」 |性技《せいぎ》に関する知識は皆無と言えたが、それでもエリオットは自分からも魔王に愛を示す何かをしたくてたまらなかった。自分がされた以上の快感を魔王に施せるかはわからなかったが、それでも、疼く体と想いを止められない。 その想いが魔王にも伝わったのか、魔王はうっとりとした目でエリオットを見つめ、やわらかく髪を撫でながらうなずく。「
「最大の魔力を有する魔王がその力を維持し続けるには、心から愛する者と交わり、その証しである子を成さなければならない。それが儀式を行う最大の目的だ。いまお前となら、それも叶うかもしれぬ」 寝台に改めてそっと組み敷きながら、魔王がやさしくエリオットの体や頬、髪を撫でてくる。まるで宝物を扱うかのような手つきに、儀式という改まった名称の行為を前にして緊張を覚えていたエリオットの体の力が徐々に抜けていく。後頭部に手を宛がわれて横たわらせられると、ほうっと熱を持った吐息が漏れた。「本来であれば、儀式は婚姻を結んだ最初の夜に行うのだが……お前も知っているように、俺は大失態を犯しておるからな……」 出会って最初のあの獰猛な姿を見せられた夜のことを思い返すと、エリオットは思わず苦笑してしまう。いまでこそこうして笑えはするが、当時は死を覚悟するほど恐ろしかった。「そうでしたね。私、すごく怖かったんですよ、アズラディーンさま」「……悪かったと思うておる。だが許せとは言わぬ。俺は許されぬことをお前にしてきたのだから」「でも先日魔王様が私に触れて下さったとき、過剰に怖がらなければ、こんな事には……」「それこそ俺の責任だ。お前は何も悪くない」「ですが……」「お互い様だ、エリオット。俺たちはいまこそ互いを愛し合う伴侶となるのだ」 そう囁きながらエリオットを見下ろしつつ優しく頬に触れ、撫でてくる。注がれる眼差しはとても甘く、心から魔王に愛されていることを感じた。 だからもうエリオットは、以前された仕打ちのことを恨んではいない。傷ついたり怖かったりした気持ちをなかったことにはできないが、それをいつまでも憎しみとして燃やし続ける気はなかったからだ。それ以上にいまは、ただ一人の愛しい存在として想いを確かめ合いたいだけだった。その想いを示すようにエリオットは腕を伸ばし、魔王を抱き寄せて答える。「ええ、そうですね……だからアズラディ







